しおやぐらの由来


しおやぐらって変な名前だなという質問をよくされます。
店のオーナーの苗字が塩谷で建物が土蔵なので、
この名前に致しました。
店の由来の蔵は二階建てで
(現在は東日本大震災の影響により撤去しました)
かつて日露戦争で名高い乃木将軍が
猪苗代に滞在中に宿泊いただいた由緒ある土蔵でした。
銀行として利用されていましたが老朽化のため取り壊す事になり、
当時町内で民芸店を営んでいたオーナーの祖母、
塩谷満須乃が隣の所有地に移築して
民芸品、新たに手打ちそば屋を開店し今に至っています。
十八間蔵




当店の奥にある十八間蔵です。
長さが十八間ある、大きなかやぶきの土蔵でかつては会津地方でも最大の蔵でした。
その昔、蔵の梁を作るために磐梯山から切り出した1本の巨大な赤松を
町内の辻まで運んできた所どうしても曲がり切れないため、
やむをえず半分に切断し蔵の梁としたためにこう呼ばれるようになったそうです。
かつては屋根用のかやの葺き替えをするため、
裏磐梯からかやを運び約2カ月ほど時間がかかりました。
福島県が全国一、かやの家が多いとのことです。
当店では、玄そばは昔この蔵で保存しておりました。
梅雨の時期が過ぎても、蔵の温度が一定のため劣化しません。
ワイン、酒類などの貯蔵にも向いています。
昔の人の知恵には本当に敬服します。
十八間蔵をお造りになった方は、
私達の遠い親戚筋になる塩谷孫エ衛門という方だそうです。
塩谷の苗字は会津のお殿様より塩の商いを始めた時に頂戴したそうです。
なかなかの商人で、猪苗代湖の湖水の落差を利用して
会津から郡山方面へ米の流通を手がけ、
米の精米、酒造業、金融など広くビジネスを営んだそうです。
ところが当時の米相場の読みに失敗して、没落したそうです。
原因は電話による情報の遅れだそうです‥。
このような話は今の時代でもありえそうですね。